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福岡地方裁判所 昭和61年(ワ)319号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、原告が別紙物件目録一記載の土地のうち別紙図面斜線部分につき、別紙工事方法により下水道管敷設工事をなすことを承諾せよ。

2  被告は、原告が別紙物件目録一記載の土地に別紙工事方法により下水道管敷設工事をすることを妨害してはならない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録三記載の土地(以下、本件土地という。)を所有し、同土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下、本件建物という。)を所有している。

2  本件建物は建築後約三四年を経過し、相当老朽化したため、昭和六〇年四月から改修工事に着手した。それに伴い、下水道管を敷設して下水を排泄する必要が生じた。

3  本件土地は、被告所有の別紙物件目録一記載の土地のうちの別紙図面斜線部分(以下、本件通路部分という。)によってのみその西側の私道(福岡市中央区警固一丁目一八二番一、一八一番一、一八〇番一、一七〇番一〇の各土地、以下、本件私道という。)に通じているもので、いわゆる袋地になっている。したがって、何らかの方法で他人の土地を通過して下水を排水させざるを得ない。

4  本件土地の周囲のうち、北側、東側、南側には家屋やビルが建ち並び、その敷地を通過させて排水管を設置することは困難であり、そうでなくとも莫大な費用を要する。ところが、本件私道は、本件土地を含む周辺土地の通路として利用され、かつその地下には排水管が設置されている。原告は、民法二二一条によりこの排水管を使用する権利を有すると考えられる。この排水管を利用するには被告所有の本件通路部分を利用して排水することが最も合理的である。

なお、本件通路部分は、現在、本件土地の通路として利用されているものである。しかも、既設の排水管に接続させるために被告所有地を通過させるに必要な土地は極めて僅少であり、その損害も殆ど発生しない程度のものである。

5  よって、原告は被告に対し、下水排水権に基づき、本件通路部分で下水管敷設工事をすることの承諾及び右工事の妨害禁止を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1、3項の事実は認める。

2  同第2項中、改修工事の事実は認めるが、その余の事実は不知。

3  同第4項の事実は否認する。

三  被告の主張

1  原告は、本件建物の改修工事に当たり、福岡市の建築許可を得ず、建ぺい率にも違反し、市当局の工事停止勧告も無視して工事を強行した。しかも、市当局の「後で給排水のことで問題が起こるから、隣地所有者の事前の了解を受けるべきである。」との行政指導をも無視し、被告に対し、何らの協力要請もしなかった。

2  原告は、現在、本件土地の西側の訴外吉村所有の土地に下水排水管を敷設し、既に排水問題は解決している。

3  仮に、原告の請求が認められる場合には、被告は、下水管敷設と引換えに、原告が被告に対し、毎年一二月末日限り金一〇万円を支払うよう請求する。

第三  証拠(省略)

理由

一  争いのない事実

被告が本件通路部分を含む別紙物件目録一記載の土地を所有し、原告が、本件土地を所有し、同土地上に本件建物を所有していること、原告が昭和六〇年四月から本件建物の改修工事に着手したこと、本件土地が本件通路部分によってのみ本件私道に通じていることから、何らかの方法で他人の土地を通過して下水を排水させざるを得ないことについては、当事者間に争いがない。

二  事実認定

右争いがない事実に、成立に争いがない甲第一ないし三号証、第四号証の一ないし五、第六ないし第一二号証、乙第二号証の一、第三号証、原告本人尋問の結果によって成立を認める甲第五号証、官署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については被告本人尋問の結果によって成立を認める乙第一号証、原、被告各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件土地は、それ自体では公道に通じていない袋地である。そして、本件土地の周囲の土地には、本件通路部分を除き、建物が存するか又はその敷地となっている。そのため、本件土地の所有者は、従前から、本件通路部分から本件私道を通行して公道に通じており、被告も、原告が本件通路部分を通行することには異存がない。このうち、本件私道については、昭和五〇年六月一四日、建築基準法四二条三項に基づく水平距離の指定がされているが、本件通路部分については、そのような指定はない。したがって、本件土地は、建築基準法にいう道路には接していない。

なお、本件土地は、明治三二年九月二八日に表示登記がされた際、すでに一筆の土地であったが、その後、分筆も合筆もされないまま、順次譲渡され、同年一〇月二日林道、昭和二三年九月四日萩原浜之助、昭和二四年一一月一四日阿部友之助、昭和二五年九月一五日丸金〓油株式会社、昭和二六年八月二五日橋本友次郎、昭和四八年一一月二日村井一郎、昭和五四年六月三〇日原告にそれぞれ移転登記がなされている。したがって、本件土地は分割によって袋地となったものではなく、当初より袋地であったと考えられる。

2  被告所有の別紙物件目録一記載の土地は元々同所一七〇番の土地(面積二一二・六二平方メートル)の一部で、分筆前には訴外林秀武が所有していた。その当時からこの一七〇番の土地は訴外林及び南側に隣接する土地の所有者が通路として使用していた。ところが、一七〇番の土地の隣接地が第三者に次々と譲渡される過程で、一七〇番の土地を枝番一から一三までに分筆して、これを北側に隣接する土地の所有者が所有権を取得するに至った。本件通路部分及び本件私道は、このように権利主体は変転しているものの、その利用状況は従来と全く変わることなく、通路として利用されている。

3  原告は、本件土地の所有権を取得した際、合わせてその地上の建物(以下、旧建物という。)の所有権も取得したが、その管理は原告の母親である河村照子に任せていた。

河村は、昭和六〇年四月頃、旧建物をほぼ全面的に解体して新たに本件建物を建築した。ただ、河村は、建築確認を得ないまま、工事を開始し、福岡市から建築禁止の張り紙をされたが、これを無視して工事を完成させた。そして、登記簿上にも、右の新築又は改築の経緯は表れておらず、旧建物の登記が残存しており、これが本件建物を表すものとして取り扱われている。

4  旧建物の際には、汚水は汲取式で、その他の排水は本件土地内に掘った穴に吸い込ませて処理しており、隣地に流入させることはなかった。

河村は、本件建物建築の際、下水管を本件土地から本件通路部分を経由して本件私道にまで敷設して排水を図ろうと考え、弁護士を通じて、被告とこの件について協議しようとしたが、未だ協議が整わないまま、本件通路部分に下水管を敷設する工事を開始しようとし、被告はこれを厳しく拒絶した。

その後、河村は、本件土地の西側の訴外吉村所有の土地に、同人の承諾を得ないまま同人の留守中に、下水管を敷設し、これを本件私道にすでに敷設されていた下水管に接続した。吉村は、当初このことについて抗議したが、やがて本件訴訟の結論が出るまで暫定的に右敷設を認めた。そこで、現在は、本件土地建物の下水は、吉村所有地から本件私道を経て排水されている。

ところで、本件私道にすでに敷設されていた下水管は、右私道の南北の土地所有者らが敷設したものであるが、河村又は原告は、本件土地建物の下水を右下水管を通じて排水することについて、これらの者全員の同意を得てはいない。また、被告は、右下水管を利用しておらず、別紙物件目録一記載の土地の下水はすべて北側の道路に排水しているし、原告及び原告の夫も、本件私道の西端の部分及びその北側の土地を所有しているが、右各土地のためには右下水管は利用していない。

5  被告は本件通路部分に下水管を敷設することに反対しており、その理由の一つとして、仮に本件通路部分に下水管を敷設した場合、通路としての負担に更に新たな負担が加わることになり、本件通路部分が死に地となることを挙げているが、これによって具体的にどのような支障が生じるかについては明らかにしておらず、反対の最も大きな理由は、本件建物の建築に当たり、河村が、市の張り紙を無視し、被告や吉村など隣人との協議も不十分なままに工事を強行するなど、隣人としての礼に失する行為を行ったことに対する憤りにある。

三  判断

民法二二〇条は、土地所有者に隣地への下水排水権を認めているが、同条によって排水の認められる下水は、原則として適法な土地利用によって生じたものに限られ、違法な土地利用によって生じたものは含まないと解するのが相当である。

前記認定の事実関係によると、仮に本件土地からの下水排水の必要が本件土地の適法な利用から生じたものならば、本件土地の下水は本件通路部分に排水するのが合理的であるといえないでもない。しかしながら、本件建物の建築前には本件土地の下水を隣地に排水する必要はなく、本件建物の建築によってその必要が生じたのであるが、本件土地は、建築基準法にいう道路には接していないのであるから、本件建物の建築は同法に違反する行為といわざるを得ない。すなわち、本件土地からの下水排水の必要は違法な行為によって生じたというべきである。

したがって、本件の場合、原告には下水排水権がないといわざるを得ない。

四  結論

以上によると、原告の本件請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

一 福岡市中央区警固一丁目一七〇番地一

宅地 四六・九〇平方メートル

二 同所一八七番地所在

家屋番号 一八七番

居宅 木造瓦葺平屋建

四二・一四平方メートル

三 同所一八七番

宅地 一六一・九八平方メートル

〈省略〉

(別紙)

工事方法

一 工事期間

三日間

二 工事態様

平面図、断面図記載のとおり別紙物件目録一記載の土地の南西角の頂点部分を基点に半径〇・七メートル、深さ約一メートルを掘削し、直径一二五ミリメートルのVP管を埋設して、これを埋め戻し原状回復する。

〈省略〉

〈省略〉

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